LAST UP DATE:2009/08/14
プロフィール

管理人:YUA (ハンドルネーム)

・1968年徳島市生まれ。岡山県倉敷市在住。
・職業:化学プラント オペレーター。
・趣味:模型、スキー、音楽鑑賞、ドライブ、F−1観戦、など。


模型暦

1975年〜:小学生の頃は、アオシマの100円合体シリースやLS、クラウンの100円飛行機、 ハセガワ、ニチモ、タミヤ、日東などの飛行機、戦艦、戦車、自動車(スーパーカー、 サーキットの狼シリーズ)なんかを作ってました。

 初めてプラモデルを作ったのは、はっきり憶えていませんが小学校1、2年生の時に作ったアオシマの合体シリーズのマッハバロンだと 思います。初めてプラモデルに色を塗ったのはバンダイの宇宙戦艦ヤマトの艦底(赤)でした。もちろん原液そのままで。しかも下塗り なしで。成形色はグレーだったので子供ながら何で暗い赤色になるのかな?とか塗料は何で粘っこいんだろうかと思いました。(笑)

 当時は模型関係の情報は少なくどうやったら綺麗に作れるかよく分かりませんでした。綺麗に作るどころか基本工作方法ですら知りません でした。ですから小学校5、6年頃に本屋で初めてホビージャパンを発見し読んだときはドキドキしました! しかし、小学生にとってはホビージャパンは高かったので買えず、もっぱら愛読書は、月刊少年ジャンプでした。 プラ模型新聞というコーナーがあったのを知ってますか? 3,4ページでしたが新製品の情報とかちょっとした工作方法などが載って ました。


1981年〜:中学生の頃は、バンダイのガンダム、アオシマのイデオン、イマイ、アリイのマクロスなど アニメキャラクター物をひたすら作りました。

 ガンプラ、、、はまりました!小遣いは全てガンプラで使ったような気がします!ガンプラを作る事でプラモデル製作テクニックを学び ました。この頃の愛読書は、ホビージャパンでした。


1984年〜:高校生の頃は、バンダイのキャラクターモデル、ハセガワの1/72現用機。
 キャラクターモデルも作ってましたが、いつの間にか飛行機を作るようになってました。 レプリカ、モデルグラフィックが創刊されたのが高校時代だったので恐らく影響されたのだと思います。 Mr.プロスプレー(値段は安くてすごく使い易かった。)を買ってスプレー塗装をやり始めたのがこの頃です。


1987年〜:学生の頃は、なぜかタミヤの1/100ミニジェットシリーズ

 ミニジェットシリーズには、はまりました。このシリーズは、安くて種類も多く、また、機体は筋彫りされていた(されていない部分や 種類はありましたが)ので好きでした。 この頃にはすでに絶版(?)だったので原付バイクで県内の模型屋を回って探しました。 でもヒューイコブラ、イロコイス、F86&Mig15は見つけることが出来なかった。(現在は入手できました。)


1990年〜:就職してからは、タミヤの1/24車、1/20F−1、ハセガワの1/72 大戦機。

 入社したすぐに自動車に興味を持ちタミヤ、フジミ、アオシマの市販車模型をたくさん作りました。 また、F-1のテレビ放送を見るようになりF-1も作るようになりました。この頃は模型よりF-1の方が好きでした!


1995年頃〜:やはり、タミヤ、ハセガワなどの1/20、1/24のF−1、WRC、旧車、ハセガワ、フジミの1/72大戦機。

 F-1好きは変わってなかったですが、この頃から日本の古い車に興味を持ち始めました。 F-1は、タミヤの1/20グランプリシリーズが発売されれば車種に関係無く買ってました。 ハゼガワ、ウェーブ、モデラーズの1/24 F-1キットも沢山買ったような気がします。 旧車は、新金型で新製品が出れば買うようになりました。模型屋で売れ残っている古いキットも喜んで買ってました。

 飛行機の方は、1/72の大戦機(日本機)を中心に時々買ってました。 でも買うばっかりで模型を作る時間がとれず、この頃からだんだんとプラモデルの在庫が増え始めたように思います。

1999年以降〜:メーカーを問わず1/144、1/100の軍用飛行機。

 1998年の夏にパソコン(Win95)を購入し、自分の模型事情?が一変しました。ネットを活用した模型関係の情報収集、模型の購入、 ホームページの作成等で の影響で1/100ミニジェットのストックも作ろうかなと思い ますがそこまで手が出ないのが現状です。さらに最近は1/144の飛行機にはまっています。
最近はプラモデルあまり作ってません。ほとんどコレクター状態です。


工作室

フェラーリDino206 コンペティツィオーネ

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